研究の趣旨と概要

2011年3月11日、日本の戦後史を塗り替える東日本大震災が起こり、東北地方を中心に甚大な被害をもたらしました。亡くなった方は19,533人、行方不明の方も2,585人に上ります(2017年3月1日総務省統計による)。
発災以降、マスメディアの取材態勢や報道内容は、さまざまに批判されていました。とりわけ、マスメディア各社による東京電力福島第一原子力発電所の事故報道は、国内だけでなく、国外からも厳しく批判されたことは多くの人の記憶に残っています。
他方で、発災当時、国民の多くは津波や地震、放射能汚染に関する情報について、マスメディアを情報源として利用していたことも明らかになっています(注1)。すなわち、マスメディアは、いざというときに命に関わる重要な情報源の一つと見なされていることも確認されています。日本のマスメディアは、東日本大震災報道を通して改めて世間から大きな注目を浴び、今日も批判と信頼の狭間に置かれていると言えるでしょう。
私たち「災害と報道研究会」は、こうした災害時のメディアの役割のさまざまな評価に鑑みつつ、2014年から2015年にかけて、在首都圏報道各社(注2)の幹部を対象に発災当時の対応やその後の取り組みについて聞き取り調査を実施しました。インタビューでは、3・11発災当時、メディア各社の初動はいかなるものだったかを聞くだけでなく、とくに将来に向けて、社内で震災の記憶をどのように残し、それをどのように生かしていくか、また、今後、災害報道に向けていかなる体系的な取り組みを行っているかなどについて重点的にインタビューをしています。
その結果、具体的な災害情報報道の準備状況もさることながら、災害報道を通して、日本のマスメディア制度や産業構造、職業文化に関わる課題も見えてきました。また、インタビューでは、メディアの幹部たちが、ときにその役職を離れて、一人の人間として、あるいはジャーナリストという職業人として、当時の対応のまずさ、迷いを率直に語っている場面もありました。本研究が、メディアは私たちの命に係わる情報を国民にどう届けるべきか、有事の際、国民の知る権利に奉仕するメディアはどうあるべきかについて、実務家、研究者、市民全員で考えていく上での資料となれば幸いです。

林香里