報道機関は私企業である前に、人々の知る権利に奉仕し、自由社会における民主主義政治を維持する公共的役割を担う機関である。とくに、政府や大企業といった権力が我々の命にかかわる情報を隠蔽・改ざんしようとするならば、マスコミ各社こそ、私たち市民のためにそうした行動を阻止する砦である。東日本大震災は、地震、津波、放射線物質による汚染という国家を揺さぶる被害をもたらした一大事件であり、政府や大企業(東京電力)との情報戦であった。ここでは報道機関の公共的役割という観点からインタビューを簡単に振り返る。

1 情報公開とメディア企業の社会的責任

東日本大震災がどのように記憶されているか、資料について聞いたところ、全国紙、キー局ともに多くの社で記録を残している。しかし朝日新聞社、フジテレビなど比較的協力的な社もあったものの、多くの社では資料の公開には消極的だった。報道機関自らが任じている公共的役割に鑑みるならば、改訂した原発事故対応マニュアル、災害時対応マニュアルなどを含めて、できるだけ多くの資料を専門家や業界で共有し、開かれた議論に付すべきではなかろうか。とりわけ、公共放送であるNHKが記録やマニュアル類の公開に対しては後ろ向きなことに、少なからず驚いた。

2 あいまいな「専門性」の位置と価値

近代社会において、科学をはじめとする専門的知識の洗練は公共に資すものであると考えられてきた。しかし、専門性はともすると科学者の世界でタコツボ化し、社会に共有されない。そうしたタコツボ化を阻止し、科学を社会に開いていくのもジャーナリズムの公共的役割である。とくに原子力のような複雑かつ難解で、かつ社会に広汎で甚大な影響をもたらす専門知識は、広く共有し、公共の場の議論に委ねる工夫が必要である。

インタビューでは、日本のメディア企業内では、原子力専門チームを立ち上げている社もあることがわかったものの、全体としては職業横断的に「専門性」について制度的にどう対応するかのコンセンサスがほとんどできていなかった。人材についても、基本的には従来の一括新卒採用制度に変更はなく、専門性ある人材の積極的登用は思いのほか進んでいなかった。

3 震災を契機とした各社のデジタル化事業の展開

メディアは言論機関として、社の利害を超えて連帯することで、職業の公共性の強化が可能となる。震災時やその直後には、メディア業界ではいくつかの連携(輪転機やヘリコプターの相互共有など)とともに、ネットとの融合や共同作業も見られた。しかし、その後は、ネット事業との連携は立ち消えとなっており、むしろ企業単位で強化の方向に動いている。 このインタビューでは、震災が社内のオンライン化推進の追い風だったと考えているトップもいた。社会のオンライン化、デジタル化が進展していく中、緊急時、メディア各社ならびに業界全体がオンライン情報をどう出していくかについては、今後の課題でもあろう。

4 メディアと社会の関係性の再考を

メディアの基本的な任務は、「事実の報道」である。しかし、インタビューでは、国家的な危機が訪れたとき、不確定な情報を出すのか、「煽る」可能性のある情報は抑制すべきなのか、当時を振り返って苦悩し、反省する幹部の姿があった。また、「事実の報道」原則が、原発事故報道の際はむしろ報道活動のくびきになったという認識をもっている幹部も複数いた。 こうした問題は、メディア企業や幹部の問題だけではなく、情報を受け取る側も考える必要がある。私たちは、意見が分かれ、複雑かつ不確定な事象に際して、ジャーナリズムという活動にどのような役割を期待するか。本インタビューで得たメディア幹部たちの迷いや苦悩の言葉は、将来、私たち読者、視聴者自身が、日本でどのようなジャーナリズムを欲し、メディア組織に対してどのような役割を期待すべきかという議論を深めるための問題提起の言葉として受け止めたい。