インタビュイー
武隈 喜一(たけくま きいち)
肩書
震災当時: テレビ朝日報道局長
(調査当時: 同総務局長)
経歴
1957年東京生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科卒業。東京大学文学部露西亜文学科卒業。出版社、通信社を経て1992年にテレビ朝日入社。1994〜99年にモスクワ支局長。帰国後、外報部長、ニュースセンター長を歴任、2010〜12年に報道局長を務めた。2012〜13年、北海道大学スラブ研究センター客員教授。その後、総務局長、関連会社社長などを経て、2018年現在、テレビ朝日アメリカ社長(ニューヨーク勤務)。
インタビュー実施日時
2014年6月2日(火曜日) 午後6時半〜8時半
東京都港区六本木、テレビ朝日本社1階会議室にて
聞き手
林香里、田中淳、奥村信幸

インタビューの要点

  1. 東日本大震災の報道についての全社・系列的な総括はデスク会、報道部長会、局長会などで何度かにわけて実施、ポイントは3点。初動、原発報道、ニュースの内容の的確さ。
  2. 福島原発の取材を受けて、2000年に作成した原子力取材についてのマニュアルを改訂。取材に入った人が受ける放射線量の限度を明確にするなど「全面的な」更新を行った。
  3. 地震、被災地の取材の注意事項については頻繁に更新してきたが、2004年の中越地震の経験 − 被災地のコンビニで買い物をしないとか、GSで給油をしないなど − が生きた。

インタビュー後記

テレビ朝日は民放局の中で東日本大震災後に「原子力担当専門記者」というポジションを設置して注目された。民放には、新聞社の科学部のような医学や原子力などを専門に担当する部署が存在しないため、東日本大震災では情報の検証や評価、記者の安全確保のための対策などを立てることが、構造的な弱点として露見したためである。

しかし、武隈氏のインタビューでは、(すでに報道の現場から異動してしまったという事情はあるにしても)この新しいポストを担当する記者が、ANN(テレビ朝日系列)のニュースの中で、どのように積極的に活用されるのか、具体的なプランは示されなかった。

また、震災や原発事故の教訓や被災地の復興の問題などを語り継ぎ、被災地を「忘れない」ニュースや情報発信を、いかに番組を通じて行っていくかという全社的な方針やプランは示されておらず、各番組の担当者に委ねられているということも明らかになった。

(奥村 信幸)